部下の「言わない本音」を引き出す:自己認識と共感的傾聴で築く信頼関係
はじめに:なぜ、部下の「言わない本音」はマネージャーに届かないのか
「部下が何を考えているのか、今一つ掴みきれない」「指示通りに動いてくれないのは、意図が伝わっていないからだろうか」「もっと自律的に動いてほしいのに、どうすれば良いのだろう」
マネージャーとして、このような悩みを抱えることは少なくないのではないでしょうか。特に、部下が表面上は「分かりました」と答えていても、どこか釈然としない態度や、期待通りの行動が見られない場合、その背景には部下の「言わない本音」が隠されている可能性があります。
しかし、なぜ部下の本音はマネージャーに届きにくいのでしょうか。そして、どうすればその本音を引き出し、より強固な信頼関係を築き、チームのパフォーマンスを向上させることができるのでしょうか。
本稿では、自己認識を深めることが他者、特に部下の深い理解にどう繋がるのかを解説し、さらに具体的な共感的傾聴のスキルを用いて、部下の「言わない本音」を引き出すための実践的なアプローチをご紹介します。これらのスキルは、単なるコミュニケーション術に留まらず、部下の自律的な成長を促し、組織全体の活性化に貢献するリーダーシップの要となるでしょう。
「言わない本音」の背景にあるもの:マネージャーの視点と部下の視点
部下が本音を語らない背景には、様々な要因が存在します。例えば、以下のような部下側の心理が考えられます。
- 評価への影響を懸念している: 不安や不満を伝えることで、上司からの評価が下がることを恐れている。
- 上司への配慮: 上司を困らせたくない、余計な心配をかけたくないという気持ち。
- 言葉にできない、または諦めている: 自分の気持ちや考えがうまく言語化できない、あるいは過去に伝えても状況が変わらなかった経験から、諦めを感じている。
- 世代間の価値観の違い: マネージャーの世代とは異なる仕事観や価値観を持ち、それを共有することにためらいがある。
一方で、マネージャー側にも、部下の本音を聞き逃してしまう、あるいは引き出しにくい要因が存在します。
- 自身の価値観フィルター: マネージャー自身の成功体験や価値観を通して部下を見てしまい、部下の異なる視点や感情を見過ごしてしまう。
- 時間的制約と忙しさ: 日々の業務に追われ、部下の話にじっくり耳を傾ける時間や心の余裕がない。
- 問題解決への急ぎ足: 部下の話の途中で「こうすればいい」と安易に解決策を提示してしまい、部下が本当に伝えたいこと、感じていることを深く探求する機会を失う。
- 表面的な言葉に囚われる: 部下の言葉の裏にある感情や意図に意識を向けず、言葉通りの意味で受け取ってしまう。
このような状況を乗り越え、部下の「言わない本音」に迫るためには、まずマネージャー自身が、自身の「フィルター」を認識し、理解することが不可欠です。これが「自己認識」です。
自己認識を深めることが「言わない本音」を引き出す土台となる理由
自己認識とは、自分自身の思考パターン、感情の癖、価値観、コミュニケーションスタイル、そして行動の動機を客観的に理解する能力です。マネージャーが自己認識を深めることは、部下の「言わない本音」を引き出す上で極めて重要な土台となります。
なぜなら、私たちは他者の言動を、自身の「フィルター」を通して解釈しているからです。例えば、部下が「このタスクは少し難しいです」と言った時、自己認識が低いマネージャーは、「意欲がない」「責任感が足りない」といった自身のフィルターで判断しがちです。しかし、自己認識が深いマネージャーは、「自分も新しい挑戦には不安を感じることがある」「難しさを感じた時、どのようにサポートされたら嬉しいだろうか」といった内省を経て、部下の言葉の裏にある「不安」や「具体的なサポートへの期待」に気づきやすくなります。
自己認識を深める具体的なステップとしては、以下のような実践が有効です。
- 内省とジャーナリング: 日常の出来事や、部下とのコミュニケーションで感じたこと、自分の反応などを記録し、なぜそう感じたのか、なぜそう反応したのかを掘り下げて考えてみましょう。
- フィードバックの受容: 信頼できる同僚や上司に、自身のコミュニケーションスタイルやリーダーシップについてフィードバックを求め、真摯に耳を傾ける機会を設けましょう。自分の盲点に気づく重要な機会となります。
- 感情のラベリング: 自分の感情が動いた時、「今、自分はどのような感情を抱いているのか」を具体的に言語化してみましょう。怒り、不安、焦り、期待など、感情を認識することで、その感情に振り回されずに客観視する訓練になります。
マネージャー自身が自分の「フィルター」を理解し、感情をコントロールできることで、より客観的に部下の話を聞けるようになります。また、マネージャーが自己開示(例:「私も以前、同じような状況で戸惑った経験があるよ」)をすることで、部下も安心して本音を話しやすくなる土壌が育まれます。
共感的傾聴で「言わない本音」に寄り添う具体的なステップ
自己認識を土台とした上で、部下の「言わない本音」に踏み込むための具体的なスキルが「共感的傾聴」です。共感的傾聴とは、相手の言葉だけでなく、その言葉の裏にある感情や意図に焦点を当て、深く理解しようと努める姿勢です。単に「聞く」こととは異なり、相手の視点に立って物事を捉えようとする能動的なプロセスと言えます。
以下に、共感的傾聴を実践するための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:非言語メッセージに意識を向ける
部下が話しているとき、あるいは話していないときに、その表情、声のトーン、姿勢、視線、沈黙の間など、言葉以外のメッセージに意識を向けましょう。これらの非言語メッセージは、部下の感情や本音を強く示唆していることがあります。
- 実践例: 部下が資料を提出しに来た際、顔色が優れない、声に元気がなく、視線が泳いでいることに気づいたとします。
- 行動のヒント: 「何か元気がないように見えますが、何かあったのでしょうか」「最近、何か困っていることはありませんか」と、問いかけの言葉とともに、相手の非言語メッセージに寄り添う姿勢を示します。
ステップ2:表面的な言葉の奥にある感情・意図を推測し、共感を示す
部下の言葉をそのまま受け取るだけでなく、その言葉の裏にある感情や真の意図を推推測してみましょう。そして、「〜と感じているのですね」「〜と思っているのですね」と、仮説を立てて確認することで、部下は「この人は自分のことを理解しようとしてくれている」と感じ、心を開きやすくなります。
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会話例1:
- 部下: 「今回のプロジェクト、少し難しいと感じています。」
- マネージャー: 「難しさを感じているのですね。具体的にどの点が、とっつきにくいと感じていますか?」
- ポイント: 「難しい」という言葉の裏にある「不安」や「課題」に焦点を当て、さらに深掘りしています。
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会話例2:
- 部下: 「この仕事、本当に自分に合っているのか、最近考えてしまいます。」
- マネージャー: 「今の仕事に対して、少し悩みを抱えている状況なのですね。どのような点で、そう感じているのか、もう少し聞かせていただけますか?」
- ポイント: 「合っていない」という言葉の奥にある「自己肯定感の低下」や「キャリアへの不安」に共感し、対話を促しています。
ステップ3:相手の言葉を繰り返す(言い換え、要約)
部下の言葉を自分の言葉で言い換えたり、要約して返すことは、相手が正しく理解されていると感じるだけでなく、部下自身も自分の考えを整理する手助けとなります。
- 会話例:
- 部下: 「今回のプロジェクトは、納期もタイトで、メンバー間の連携も悪くて、正直かなりストレスが溜まっています。」
- マネージャー: 「なるほど。納期とメンバー間の連携に課題を感じていて、かなりストレスになっている状況なのですね。」
- ポイント: 部下の発言を要約することで、理解していることを示し、さらに部下が追加で話すきっかけを与えています。
ステップ4:判断せずに受け止める(アンコンディショナル・ポジティブ・リガード)
部下の話に対し、「それは違う」「もっとこうすべきだ」と即座に判断したり、意見を押し付けたりせず、まずは部下の視点や感情を「そう感じているのですね」と受け止める姿勢が重要です。これは、心理学における「無条件の肯定的関心(Unconditional Positive Regard)」にも通じます。
- 実践例: 部下が納得できない理由を話している時でも、まずは「そういう考え方もあるのですね」「そう感じているのですね」と、一旦その感情や考えを受け入れます。その上で、必要であれば異なる視点を提供することも可能です。
ステップ5:沈黙を恐れない
部下が話している最中や、問いかけた後に沈黙が生まれることがあります。この沈黙は、部下が自分の考えを整理している、あるいは深い感情と向き合っている大切な時間です。焦って次の質問をしたり、沈黙を破ろうとせず、部下が話し出すのを静かに待ちましょう。
- 実践例: 部下が言葉を選んでいるように見えたら、静かに待ち、アイコンタクトで「聞いている」という姿勢を示します。
よくある誤解と実践のポイント
共感的傾聴を実践する上で、陥りがちな誤解と、効果を高めるためのポイントを理解しておくことも大切です。
よくある誤解
- 共感=同意することではない: 部下の感情や考えに共感することは、その内容に同意することとは異なります。あくまで「そのように感じている、考えていることを理解する」という姿勢です。
- 共感は感情的になることではない: 共感的傾聴は、マネージャーが感情的になることではありません。部下の感情に寄り添いながらも、マネージャー自身は冷静な視点を保つことが重要です。
実践のポイント
- 完璧を目指さない、小さな一歩から: 最初から完璧な共感的傾聴を目指す必要はありません。まずは日常の短い会話の中で、非言語メッセージに意識を向ける、相手の言葉を言い換えてみる、といった小さな実践から始めてみましょう。
- 日常的な信頼関係が土台: 共感的傾聴は、一朝一夕で部下の本音を引き出す魔法ではありません。日頃からオープンで対等な関係性を築く努力が、部下が本音を語りやすい土壌を作ります。
- マネージャー自身の心理的安全性も重要: マネージャー自身が心身ともに健康で、心理的に安定していることが、部下に対して開かれた姿勢で向き合うためには不可欠です。時には、自分自身の心の声にも耳を傾ける時間も大切にしてください。
結論:自己認識と共感的傾聴が拓く、新たなマネジメント
部下の「言わない本音」は、マネージャーの皆さんが抱える多くの課題の根源にあるかもしれません。しかし、マネージャー自身が自己認識を深め、自身の思考や感情のフィルターを理解することから始め、そして共感的傾聴という具体的なスキルを日常的に実践することで、部下との間に深い信頼関係を築き、その本音を引き出すことが可能になります。
部下の本音を理解することは、単に良好な人間関係を築くだけでなく、部下のモチベーション向上、自律性の促進、ひいてはチーム全体のパフォーマンス向上に直結します。部下が安心して自分の考えや感情を表現できる環境は、イノベーションや生産性の向上にも貢献するでしょう。
自己認識と共感的傾聴は、リーダーシップを深化させ、変化の激しい現代において求められる柔軟で共感性の高いマネジメントスタイルを確立するための強力なツールです。ぜひ今日から、この二つのスキルを意識し、実践を始めてみてください。あなたの傾聴が、部下、そしてチームの未来を大きく変えるきっかけとなることを願っています。